item 50歳、3曲公開

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written 2019/9/23

今日はついに50歳になってしまったことを記念して、未公開にしていた最近のクラシック系楽曲3つを一気に公開する。

Divisions - for Clarinet and Piano
2019/7/15完成
http://www.signes.jp/musique/index.php?id=912
MP3:
http://www.signes.jp/musique/Chamber/Divisions/Divisions.mp3
楽譜:
http://www.signes.jp/musique/Chamber/Divisions/Divisions_score.pdf


Transferred Bits - for String Quartet
2019/9/4完成
http://www.signes.jp/musique/index.php?id=913
MP3:
http://www.signes.jp/musique/Chamber/TransferredBits.mp3
楽譜:
http://www.signes.jp/musique/Chamber/TransferredBits_score.pdf


多層性の空 Multi-Layered Sky - for Cello Solo
2019/9/21完成
http://www.signes.jp/musique/index.php?id=914
MP3:
http://www.signes.jp/musique/Solo/Multi-Layered_Sky.mp3
楽譜:
http://www.signes.jp/musique/Solo/Multi-Layered_Sky.pdf


いずれの作品も「Existence Wheel」で着想したブロック主義―多層コラージュの音楽的可能性を、アコースティックなクラシカルのフォーマットで試みた作品だ。
私の音楽的思考は、パロールから再び「構造」へと向かってきている。
12年も前に私は西欧の中世・ルネサンス音楽に惹き付けられ、近代を超えるという意味であえて「構造的脱臼」を図った。それは知の権力を破壊するためだった。しかし無限に呟き続けるモノローグ的な私の様式は、結局独我論的な堂々巡りに陥りがちだった。そこで知の権力性を、自己の武装のためではなく他者性を導き入れるための装置として復活させようと思いつつある。それは往々にして情動的な音楽素を、絵画をえがくように「配置し直す」という、コンポジションの試みになる。この構成法は、iPadのDTMアプリKORG Gadgetが必然的に招くブロック作曲法と、現代美術家さんたちの作品から着想を得たものだ。
7月に完成したクラリネットとピアノのための「Divisions」はこの3曲の中では最も、私において従前の「現代音楽的」サウンドを維持したものだ。
しかしそこでの対比効果が今ひとつに感じられたので、次は、無調サウンドに対比させるものとしてPOP寄りの旋律・和声・リズムの世界を持ち込んでみようと考えた。
実は数年前から、調性的なクラシック楽曲をたまに幾つか書いているのだが、いずれも未公開になっているというだけだ。
無調というものは、自分でやってみたところ、自由なようで自由でない。自由作曲法の無調においては、自分の和声感覚に結局頼ってしまい、その結果、インプロヴィゼーションで言うところの「手癖」に当たることを際限もなく繰り返してしまうという地獄に首を突っ込んでしまう。かくしてパロールはすべてほとんど同じモノローグでしかなくなってしまうのだ。そして現代音楽に慣れていない聴衆にとっては、無調は全部同じ灰色に見えてしまうということが起きる。
お聴きの通り、やや保守的なディヴェルティメントとも言える弦楽四重奏のための「Transferred Bits」では、より色彩的な語法を採用している。それにしてもエンターテイメントに接近しすぎたと言うべきだろうか? 無調的な部分がここではスパイスにしかなっていないかもしれない。また、曲の最後の辺りはもうちょっと情熱的に盛り上がった方が良かったろう。保守主義者には見られない変拍子の多用だけが、ここでは現代音楽的特徴を示している。
ついこないだ書き上げたばかりの、無伴奏チェロのための「Multi-Layered Sky」は、多層コラージュをほぼ単声で旋律的な独奏楽器で実現できるのか?という問題に取り組んでみた作品だ。ここではより「現代音楽的な」響きを強調しており、あまりチェロ的とは思えない冒頭のPOP主題から無調部分、リズミカルな部分を経て、より朗朗とした調性的で「POPふう」の歌謡性へと発展させた作品である。ムードを次々と変えるが、「Transderred Bits」とは逆に、拍子は最初から最後まで4分の4拍子のまま変更していない。
この曲では、奏者には様々な気分に素速く切り替える俊敏さや、メタ視点的に音楽全体を再構成する能力が求められるだろう。

とうとう50歳に達してしまって、アタマは一気に禿げるし、老眼や歯槽膿漏はひどくなり、身体への「老化」の明白な発現に当惑するばかりだが、札幌で大学生になった娘が一昨日から2泊で家に遊びに来てくれていて(ここに来るのは1年ぶり)、戻ってきた「家族」なるものの醸し出すリラックスに、いま浸っている。
そんなこんなで、まだ生きていて、音楽をやっている。
音楽は生活から目をそらすのには便利だ。一人で生きていくなら音楽が必要だ。
こうして営みは続く。

さて、最近になってようやく新しい展開が見えて来た自分の音楽を、果たしてどのように結実させることができるか?
次はどんなフォーマットで書こうかと、現在思案中である。

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