item フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー

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written 2003/9/6 [ updated 2006/6/1 ]

Dostoyevski, Fyodor Mikhailovich (1821-1881)

くろぐろと重い文体で、とにかく重量的に迫ってくる。心理描写も非常に鋭く、人物たちが生きて動いている。作品は重層的で、読むものの心をかき乱すようなところがある。
ドストエフスキーのキーワードは「意識」だろう。彼は「人格」ではない人間の実態を描き出すことに成功した最初の作家だ。しかもその「意識」は、相異なった他者としてそれぞれに世界内に存在し、干渉しあうのだ。このような空間は文学においてはほとんど他に類を見ない。
バフチンの卓抜な指摘にもかかわらず、ドストエフスキーの小説を「思想」の部分だけ切り離して受け取る読者が後を絶えないのは、やはりその「思想」のおもしろさのせいだろう。しかし、小説を思想として読解するなどという愚かしさは、その小説の鑑賞にとっては妨げとなるものだ。

罪と罰 (1866)

何度読んでも読後のぐったり感はすさまじい。
問題なのはラスコリニコフの思想ではない。ここに描かれるさまざまな「意識」たちの、強烈に実在感を伴うドラマだ。

永遠の夫 (18709

ドストエフスキーにしては小品でマイナーだが、 ねじれて病的な心理が織り成す渦が凄まじい。

おとなしい女 (1876)

短篇。やたらと卑屈な主人公の独白をとおして、永遠に理解しあえることのない女性とのディスコミュニケーションを描き、2つの「意識」の実在感を見事に表出した作品。

カラマーゾフの兄弟 (1880)

この大作の前半にふくまれる「大審問官」の章はひどく有名だ。この章を中心にして語りさえすれば、この小説を語り尽くすことができる、といった盲信がずいぶん跋扈しているようだ。
だが、これはきわめて印象的な、1個の挿話にすぎない。もしここでドストエフスキーが「書くべきこと」を書き尽くしたというなら、この小説はとんでもない駄作ということになるだろう。その後の展開には、「大審問官」の思想と無関係な部分がものすごく多いからだ。
「大審問官」の思想をもちだすイワン・カラマーゾフにはスメルジャコフ、ラキーチン、(妄想上の)悪魔、といった「分身」がつきまとう。ごく浅はかなパロディ的存在にすぎないラキーチンを除き、これらの人物とイワンとの会話はすばらしい緊張感をもっている。
ドミートリー、フョードルや女性たちの関係性も、ふかい心理描写をまじえ緊密にえがかれている。
一方で、作家の構想の中心をなしていたアリョーシャのプロットにはあまり魅力がない。それはあまりにもスタティックなのだ。物語の後半で「中学生たち」とかかわっていくプロットを除けば、アリョーシャはずっと傍観者のままだ。予定されていた「続編」では、この人物はもっと動的にえがかれたのかもしれないが・・・。
この小説の深層のクライマックスは、スメルジャコフによるイワンを相手にした告白の場面だが、表層のクライマックスはもちろん、ドミートリーの裁判の場面。読者は直前に事件の真相を知らされているため、検事と弁護士の吐き出す言説が嘘っぱちだと最初からわかっている。過剰に反応する「傍聴人たち」をこだまのように従えたこれらの言説は、ロマンティシズムと恣意的な「心理学」に満ちており、読者の認識の彼方で演じられるもうひとつのエクリチュールを生成するのだ。
複数の声が反射しあうドストエフスキー作品の構造は、ここにきて辛らつさをきわめ、物語自体の中に物語のパロディーを埋め込んでしまう。
しかし、結末はなにやら尻切れとんぼではある。 ドストエフスキーは宗教的なテーマを賞揚しようと急いだため、あのような形になったのか。前の場面では「早熟な青二才の典型」として非常におもしろくえがかれていたコーリャの人物像も、ここでは死んでしまっているかのようだ。

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