item 武田泰淳

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written 2003/9/6 [ updated 2006/6/1 ]

Takeda Taijun (1912-1976)

泰淳の文学世界は不気味だ。
技巧は決して優れていない。不器用で、ぞんざいな所もある。 だが、そこに現出する混沌とした世界は、不思議な重さを持ち、存在のリアリティをも抱え込んでいる。
何か得体の知れない深みをうがつ才能を持ちながら、知的な構築物としての「作品」は絶えず破綻させてしまっているような気がする。
しかし、これは日本には珍しい型の大作家と言えるだろう。特に、人間に対する「洞察力」がすばらしい。小説の奥行きとは、結局のところ洞察であるのかもしれない。
ある時期から、泰淳は間違いなくドストエフスキーの甚大な影響をこうむっている。後半の長篇シリーズはその賜物だろう。しかしその人物たちの観念的な議論はやや不用意に饒舌とも思われる。そうした弁論に足をすくわれてはいけない。破綻を気にしてはいけない。
泰淳は、はみ出しているのだ。

司馬遷(史記の世界)(1943)

出発点において書かれた、名評論とされる作品。 ここには、泰淳の世界観のエッセンスがあるようだ。

異形の者 (1950)

何かくろぐろと、不気味なものがうごめいている。
この作品の印象はそんな感じだが、泰淳の作品にはいつも、きっちりとした終わりがない。

風媒花 (1952)

かなりややこしい長篇。独特の風味はあるが、傑作ではない。中国への愛慕が染み付いている。

ひかりごけ (1954)

傑作短篇。かなめは、「第1幕」から「第2幕」への転換の部分。ここでは唐突にエクリチュールが反転し、ふかい断層に飲み込まれる。
これはまったくすばらしい「小説的瞬間」だ。
「船長」から「校長」へといきなり化身する着想が、すさまじい。

森と湖のまつり (1958)

突然の大長篇。読んでとても面白いのだが、作品としてはやっぱり破綻しているし、何か欠けている感がある。アイヌに関する社会運動をネタにしているが、それは作者にとってはどうでもいいことだったはずだ。
ラストで、ドストエフスキーかA.クリスティかと言わんばかりに、人物を「まつり」の場所に集めるが、重大なクライマックスは結局やってこない。それどころか、「アイヌがなくなっているんだ。(アイヌ統一)委員会があるわけがない」という言葉で、一挙にはぐらかされてしまう。結局この物語は何だったのか、と問わざるを得ない。
それはひとつの、人間たちのからみあいを描くための場であったのだ。

貴族の階段 (1959)

これはなかなかおもしろい。貴族世界を描いているため、何となくスタティックではあるが、2・26事件をネタに使っているので、興味をそそる。
しかし私が読み取ったのはそういったことではない。
女主人公によって絶えず批判される女友だち、主人公の兄、父親、この4人の関係は、あまり表面には出ないが近親相姦や同性愛のテーマを含んだもつれた関係となっている。そして、実のところ、これらの表象はすべて、 女主人公の欲望が生み出した妄想なのではないかとさえ思われるほど、精神分析的な相互干渉が見られるのだ。つまり、エディプス=父への根源的な愛と、それを転化した兄へのそれ、それらの願望を代理充足させる自己の他者化の像としての友人。
しかし、こんな読み方は誰もしないだろう・・・。

富士 (1971)

傑出した作品。戦時下の精神病院が描かれているが、そのへんのリアリティがどうとか、そんなことはどうでもいい。
冒頭から観念的な論が白熱して疲れてしまうが、泰淳が次々と差し出す人間像に圧倒され、めくるめく饗宴へと飲み込まれる。
殊に「宮様」を名乗る「一条」など魅力的だし、どたばた喜劇みたいな推進力がすごい。
泰淳にしては珍しく、結末もいい。重い小説だ。

快楽(けらく)(1972)

実は「異形の者」の続きの物語。僧侶と左翼と性愛の世界をごちゃ混ぜにして描き出す青春小説で、随所に泰淳の洞察のきらめきを感じる非常におもしろい小説なのだが、未完のままに唐突に終わってしまっている。
それにしても泰淳は女性を理解したふりをしない。彼が描き出す女性像は、ほとんど煩悩に満ちた少年が夢想するそれに近いのだが、それでも、不思議な実体感を伴う。しかし泰淳の世界観は多くのフェミニストたちの 不興を買うかもしれない(笑)。

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