item RINAKO、架空のラブソング

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written 2013/4/1

 やたら激しい「胸痛」が胃酸を抑制する薬のおかげでおさまったので、ヴァイオリンとピアノのための小さな曲を書いた。
 RINAKO for Violin and Piano。  彼女は、先日の検査入院でお世話をしてくれた看護師さんで、とても若く、背が低く、かわいらしい様子だった。経験が浅いのか、看護師としてはちょっと不慣れな部分も見えたが、それでも一生懸命明るく、優しく振る舞うのが見ていて楽しくもあった。何回か会話をしただけだったが、彼女のイメージは私の中に深く残って、ある種のアイコンとなった。

 どういうわけか、私が過去に交際した女性はみんな背が高く、私より少し低いくらいだったのだが、本当は私は、小柄な女性に憧れているのである。この「憧れ」は、私が過去にJ-POPのシンガーに抱いたような、何かの象徴と呼ぶべきイメージに惹かれていく性向だと言っていい。
 とりあえずこのポエジー対象をMy Angel(s)のイメージと呼んでおくが、それは私の心的なゆがみをぼかしてくれ、傷も穢れも包み込んでくれる。リアルさのないイメージだから、現実の男女交際と結びつくわけもなく、なにが起きるということもないけれど、それはいっとき私を支えてくれる。恋愛は不思議な体験で、愛の対象が現実の「個体」なのか、自己のいだく表象なのか、その境界線が不明確になってくる。それは夢とリアル、自己と世界とを一気に結びつける亜空間のようなものだ。
 いっぽう、My Angelイメージは、J-POPがそうであるように、また、彼女らがいかにも今ふうの服装・メイクをしていることもあって、そのままマジョリティ文化を代表している。私を置き去りにしていったマジョリティ文化だが、それは隔たっているがゆえに光り輝いてもいる。My Angelは、隔絶した光の空間のほうに、きらきらと舞い降りる。
 それに、そもそも、若者たちの中に入って行くには、私はもう歳をとってしまっている。むしろ、孫を眺めて目を細める老人のスタンスに近いかもしれない。

 今回の「RINAKO」という曲は、そんなMy Angelに向けて書かれた、「架空のラブソング」である。接近し得ない、彼方の存在へのエロス。このテーマは「セイレーン」のそれと同じであり、音楽の位相としても両者は似通っていると思う。



 あえて変拍子を全く使わず、メロディアス、ホモフォニックに、わかりやすい歌唱性を優先した。ピアノパートも今回はごく簡単だ。私は、プロもアマも、誰もが弾きたがる、クライスラーやチャイコフスキー、ドヴォルザークなどのいわゆる「ポピュラー」名曲をイメージしていた。複雑性を持たず、シンプルであるがゆえに、愛され、さまざまに受容されていく音楽。
ラブソング」だから、知性はむしろ停止した方が良い。知性は邪魔になる。だから「現代音楽」的な批評精神も今回は禁止し、オーソドックスな4拍子で、拍節法もごく「ふつう」に、クラシカルで素朴な「歌」をつむぐように書いた。旋律がおのずと要求してくるときには、調性にも近づく。
 既存の自分の語法を意識化し、自己解体しながら、未知のエクリチュールを目指して突き進むような、そのような先鋭さ・前衛性とは、今回は無縁だ。私は冒険しなかった。「恋」にうつつを抜かし、盲目的に、ぼんやりと心をさまよわせている。しかしこの「恋」は絶対に実ることがないために、クライマックスでは「絶望」が訪れる(孤独の自覚)。それでもなお、自己の無力感を自覚しつつ、ひたすらに「眠り」のなかへと沈んでゆくのだ。
 このような作品は、私の音楽の系列の中でも「軟弱」であるとして批判する人もいるだろう。いや、これくらいでいい、と言ってくれる人も中にはいるだろう。けれども、一番多いのは、この音楽に何も感じない人々であることは間違いない。当の(現実の)リナコさん本人も、万一これを聴いたとしても無反応だろう。
 しかしそういうことも、今回はどうでもいいと思っているのだ。リアルな「対象」が影をおとしたのちに、私個人の無意識の海底で、つかの間演じられる小さな夢。
 これは、あくまでもプライベートな作品なのである。

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