item 時間が緩くなる

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written 2012/6/17

 最近はスカパーから録画しておいた外国映画をDVDに落とし、時間のあるとき自室のMacかポータブルDVDプレーヤーで観ることが多い。もともと映画はさほど観なかった。子どもの頃、水曜ロードショーだか日曜洋画劇場だかで日本語吹き替えの映画を観るのは好きだったが、成人してからはほとんど観てない。映画をレンタルで観るとしても、普通そのために2時間を消費してしまうから、「その時間がもったいない」ような気がしていた。
 けれども、最近はそういう「もったいなさ」を感じなくなった。若い頃は「絶え間なく生産的(創造的)活動をしていなければならない」というような強迫観念があったものだが、近頃そのような切迫感が薄れている。
 どうやら、年齢(今年43になる)とともに、私の時間感覚は変わってきているようなのだ。

 最も「切迫感」の強かった20―30代においては、ひとつ作曲を終えたら「ただちに次の曲を作らなければならない」という、外的根拠のない義務感に駆られ、自分を痛めつけるかのように無理な音楽的探究を突き進んだものだった。それは「絶えず自分を超えていかなければならない」という切ない思いであり、よく言えばかなり前向きであったが、方向性があまり正しくなかったので、一流の音楽にまで届くはずがなかった。
 作曲のアイディアが枯れてきたということは全く無い。今も幾らでもアイディアはあるし、アイディアを現実の音の連なりとして構築していく技術は、確かに30代までの頃に比べて上達していると思う。
 しかし創作はしんどい面を強く感じるようになった。現代音楽をつくる場合は楽譜も一応公開することにしたので、楽譜整形の作業(Logicでやっている)がやたらに面倒だと感じるし、ボーカロイドを使ったら歌詞を考えたり動画を作るのが面倒だ。それどころか、DAWを開いて最初に各Instrumentの設定を整えるまでが、どうにもしんどい。
 作曲を始めても、長時間は集中できなくなった。かつては何時間でも作曲に没頭した。20代の頃は飯を食う時間をよく忘れた。だが今や、乗っているときでも3時間くらいが限界だ。1時間くらいで集中力がなくなる場合も多い。
 やっぱり歳だな、と思う。

 仕事のほうでもすぐに疲れがたまってしまう。週末が待ち遠しい。休みが来たらたっぷりと、のんびり過ごしたいなあ、と毎日思っており、土日を作曲に費やしすぎると疲れが残るので避けるようになった。
 全般的に「老い」の始まりだと考えているが、「作曲活動」そのものについて、自分の限界を理解するようになったせいもあるようだ。
 念願の「曲を誰かに演奏してもらう」ことも叶ったし、ごくごく一握りの方々だが、私の音楽を評価してくださっており、まさか自分がプロの作曲家になるなどとまでは思っていなかったし、正規の音楽教育を受けておらず、音感にも恵まれていない身としては、これで十分、「このへんが自分の精一杯のところなんだ」という感が強い。

 映画を観るとは言っても、若い頃とはちがって、どうもハリウッド的な、特撮を駆使したけばけばしいものはもう、あまり観ない。特にある時期からアメリカ映画は、情景が真っ暗で何やってるのかよくわからない場面が多いのが気に入らないし、とにかく制作に金はかかっているけど、だから何?というものも沢山ある。
 素朴なジャッキー・チェンとかSFとか、たまに観るけど、これらも見終わった後なんとなくむなしいので、文芸系や異常心理ものを好む当たりはやっぱり「私らしい(?)」かもしれない。特に好きなのはカール・ドライヤー、ロマン・ポランスキー、ヴィム・ヴェンダース、ヒッチコック、黒澤明、コーエン兄弟、シュヴァンクマイエルなど。ゴダールは非常に気にはなるしときどき観るが、今のところ全面的に好きとまでは言えない。ゴダール映画の「言葉の多さ」はちょっと苦手なのだ。あれがもう少し寡黙だったら・・・。ロバート・デニーロは俳優として昔から大好きで、彼の出ている作品はある水準以上の出来が多いような気がする。
 あと、70年代のパニック映画は割と好きだ。あの「自分も含めてみんなで死んでいく感じ」はもちろん悲劇的なのだが、快感を感じる。ディカプリオが出た「タイタニック」も、あんな恋愛なんかどうでも良いが、タイタニック沈没の場面(賛美歌が演奏され続けるところ)が素晴らしかった。
 異常心理もの、特に人が死ぬ映画をよく観てきたと言える。しかしさすがにそればっかりだと気分が暗澹としてくるかもしれない。
 
 実は5月16日に、約4万円もする新しいソフト音源を買ったところ。
IRCAM Solo Instruments」。  これで憧れの弦のノン・ヴィブラートや特殊奏法が手に入ったので、先日早速これのチェロを使って1曲完成させた(6/11完成、Appraesentation for Cello and Piano)。
 4万円の元を取るためにはたくさんこの音源を駆使して室内楽曲を書かないといけないのだが、前述のようにいまは作曲に対し、かつての燃え上がる切迫感は持てない。
 作曲を終えたあと、映画を観たり音楽聴いたり、本を読んだりして、のんびりすごしている。

 歳をとると、歳月の経過が速く感じられるそうだが、最近の私は「ほとんど何もしてない」からかもしれない。合理的で有効な、きりつめた時間の使い方というのは、若者はどんどんやるべきだと思うけれど、自分はなんだかもう、疲れてしまったのかもしれない。

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