item ハービー、ショーター、ラズウェル

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written 2009/2/15

クラシック(現代音楽)とポップをまたいでみた実験作にして不評な作品(笑)、「かけら、羽のように feat.初音ミク」に続いて制作する曲、今度はもっとふつうにポピュラーミュージック的なイディオムを使ってやろうと思い立ち、サウンドメイキングの参考にしようと、昔買ったポップ、フュージョン等のCDを引っぱり出していろいろ聴いているところだ。
実際に曲作りも開始しているが、どうやら、民族音楽的な要素とアンビエント・サイケなポピュラーミュージックとの混合体(world fusionというらしい)になりそうだ。
つまり、ビル・ラズウェル的なサウンドに似て来る。まあ、積極的に真似するつもりはないし、あれだけ雑多に世界を広げているラズウェルも「クラシック的思考」については完全に欠落した部分なので、おのずと私の音楽は最終的には差異を見いだすだろう。

ここ数日いろいろ聴いてみたCDの中心は、ジャズ系ではやはりとりあえず、ハービー・ハンコックウェイン・ショーターという、昔から大好きな2人。
ハービーはみなさんご存知のように非常に器用なサウンド・クリエイターであり、心優しきエンターティナーである。コアなハービー・ファンは本当は彼のぶっとんでいくようなドライヴ感のピアノ・ソロが大好きなのだが、それは置いとくとして、フュージョン路線でのハービー。
ビル・ラズウェルとの出会いがもたらした名作「Future Shock」(1983)はやはり素晴らしいものだ。その後、ラズウェル抜きで似たことをやろうとした「ディス・イズ・ダ・ドラム」(1994)や、再びラズウェルと組んだけどどうも雰囲気が違う「Future 2 Future」(2001)など、味わい深くて私は愛聴しているが、世間一般ではさほど歓迎されなかったように思う。
実はハービーのセンスは、非常に堅実なエンターテイメントのそれであり、素晴らしく上質ではあるものの、世間をあっと言わせる類いのインパクトはない。エキサイティングになるためには、やはりあの爆発的なピアノ・ソロがほしいのだ。

ハービーに比べ、ウェイン・ショーターのセンスの方がずっとサプライズに満ちてamazingだ。
その特異な音楽性は作曲によく現れる。浮遊感のある新鮮な和声、奇妙なラインで不思議な感覚のメロディー。武満徹もどこかの文章でウェイン・ショーターについて「すばらしいミュージシャンだ」と書いていた。何を聴いたのかは知らないが。
ブルーノート時代のソロ作はいずれも名作で、もちろん素晴らしいものだけれど、私はショーターのフュージョン路線が好きだ。一般的には、そのサウンドはちょっと牧歌的で地味であり、繰り返しが多く単調に過ぎるかもしれない。しかし、「Phantom Navigator」(1987。廃盤で、なんかプレミアついてるみたい・・・)、「Joy Rider」(1988)は昔から好んで聴いたし、何より、マーカス・ミラーと組んだ「High Life 」(1995)は私にとっては、何度聴いても飽きることのない大傑作アルバムである。この感覚は、クラシック音楽を書いていた時でも、私の心の奥に影響を及ぼしていたのではないだろうか。
ただ、繰り返しの多い「単調さ」はやはりつきまとう。もしかしたら曲全体を大きな流れとして構成する視点を、ウェインも含めたジャズメンは一般に苦手としているのかもしれない。・・・いや、マイルスやパット・メセニーなどはこのへん、優れていたか・・・。

前述の、ハービー・ハンコックのアルバム「Future Shock」で私たちはビル・ラズウェルの名を知ったのだった。
その後、彼がMaterialというバンドを組んで活動していると知り、「The Third Power 」(1991)、そして「Hallucination Engine 」(1994)を買い、何度も何度も聴いたものだ。
最近になって80年代初期のMaterialのアルバムも聴いてみたが、いかにも「当時のPOP」という感じで、ときどき妙な音型とかあるものの、総じて平凡である。やはり凄いのは「Hallucination Engine」あたりからだ。私は、これは20世紀末の不滅の名盤だと考える。

このアルバム、注目の第1曲「Black Light」ではいきなりウェイン・ショーターのサックスがフィーチュアされる。 ・・・が、あまり自在にソロを繰り広げる感じではない。妙にひしゃげた音でテーマを吹いている。ジャズファンなら「せっかくのウェイン・ショーターをこんな風に使うなよ!」と怒りそうである。
ビル・ラズウェルはいろんなミュージシャンを起用し、様々な要素を取り入れて行こうとするのだが、いつも何故か、それらのミュージシャンの自発性とか個性を捨象してしまう傾向がある。民俗音楽系のミュージシャンと組んだ時もそうだ。ラズウェル・ミュージックはブラックホールのように静的であり、何もかも吸収してしまうかのようだ。この点は普通に考えて、プロデューサーとして重大な欠陥と映るだろう。しかし私はそういう、「墓場のような」彼の音楽が好きだ。
ダークでカオスでカルトでチープ、どこかインチキくさく腐臭が漂う、怪しげなラズウェル・ワールドは、まさにこの「Hallucination Engine」から始まったのではないか? それは、腐敗した都市のアンダーグラウンドに煌煌と燃える小さな病んだポエジーの世界だ。

とは言え、私はその後もずっとビル・ラズウェルを追いかけて来たわけではなかった。
CDがほしいと思っても、まず店頭にない。現在でも、MaterialやLaswellのCDは国内盤ばかりか海外盤も廃盤や、入手困難なものが多い。名作「Hallucination Engine」さえ、今では手に入りにくいとは・・・。
やはり、彼はカルトなのだ。(カルトとはいえ、現代作曲家、たとえば一柳慧さんのCDあつめている人の何十倍ものファンがいるに違いないけれど。)
「ネット」でようやくマニアックなCDを自由に注文できる時代になったとき、私の興味はクラシックに限定されて来ていた。
だから、ずっと気になっていたラズウェルのCDを収集し始めたのはごく最近である。

2000年以降のCDでは、インド音楽に取り組んだユニット、「Tabla Beat Science」(ライヴ・アルバム「Live in San Francisco at Stern Grove 」(2002)は珍しくエキサイティングで、おすすめできる。)もなかなかおもしろいが、ビル・ラズウェル個人名義の作品も相変わらず過剰な厚塗りサウンドが興味深い。過剰さもここまで過剰になると無意味に凄いと思う。
ほかにロックなグループとかダブとか、無闇にいろいろやっているようだが、あまりにも機械的な構造になってしまい、聴いていてあまり楽しくないものもある。なにしろアンダーグラウンドの詩人なのだから、安定した、一流のヒットメーカーにはならないのだ。

さてラズウェルやショーターの音楽を踏まえた私の音楽はどんなものになることやら・・・。

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